視座別講座 〜は〜

夢とことばの相談士・まさみちです。
閃き力を高める方法論は、人の事を否定的な解釈を持たないことです。
けれども、人の心は「見る」だけで、あれこれ思い浮かぶものです。
この思い浮かぶことがなくなることを「無」と呼びます。

自分の持ち前の性格について、方法論や対処法がわかると便利です。

自分専用の自分マニュアルを知ると嬉しいものです。
霊性というものは、その上を行き、自分専用のナビゲーションシステムを携えるようなものです。

昨今の車にはナビゲーションがついているものです。
お陰で道路マップを座席脇に置かなくなりました。

人生にもそんなナビゲーションシステムがあると有り難いものです。
霊性という感覚器官の回復を図ると、そうしたものがついて来ます。

それでも、データベースが整っていなければナビゲーションもうまく機能しません。その情報をダウンロードして、あなたの心にインストールするのに、この視座別講座は有効になるものです。

よく見る個性から紐解く視座別解説講座についても、講座でいきなり学ぶよりも、前情報があると受け取りやすいというのがあるので、私もちょこちょこ書いて行きたいと思っています。

手っ取り早く学びたい人は、個人レッスンとしてレクチャーが近道です。

いろはにほへと〜と、物事を教える手順に「いろは」などと表現するように、ちょいとタイトルに〜は〜と名付けてみました。

3回目は、飛躍的に解釈が高まり出すものです。
自分の中にある性格と対比させて感じてみてください。

 

視座というのは、心には9つの目があるよって紹介しており、これが性格形成に強く表れているのでわかりやすいので表現しています。

心なんてものは、相対的で幾らでも解釈が変わってしまう為、一般的とされる統計においても該当しつつも、どこかしら説明知れきれない部分があったり、明らかに違うなんて事が記されていたりして、信用仕切れない部分があります。

大事なことは、みんなが納得することよりも、個々人である「私」が納得するものが欲しいのであり、自分自身が置き去りに去れていくような統計学を突きつけられても「はぁ、そうですか」と納得できないものを前に、強制的に納得させられるものは、果たして正しいと言えるのだろうか? なんて考えもあります。

もちろんそうした外部の計算され尽くしたデータを当てはめるのも大切なことですが、自分に心地よいコミュニケーションをしてくれたら、そうしたデータなんてものなどどうでも良かったりします。

今後の社会として、データ分析され尽くして、「あなたはこのタイプね」と言い当てられ、苦もなく楽な道を突き進め、廻り道などしなくてもよくなり、端的に身につけたいものを身につけられ、肌に合わないものは取り組まなくてもいいとされるなら、素晴らしいことです。

しかしながら、そうは言っても少数派のイレギュラーの方々は、この統計学から外れます。

そんな少数派の方々に、この視座別解説講座は有効なのです。

例外は対象外です。
そして何を言っても反目する相手や、特定の相手とだけ対立する問題の解決策は、問題を見たこともない人には解きようがありません。

そして先入観で全てを語るのです。
良くあるのが、「子育てもしたことのない奴が能書きを垂れるな」等です。
これを言い出したら、発明など研究分野に携わる人は、真新しいことなどしたこともない奴が偉そうな能書きを研究などするなと言わんばかりのデタラメな理論です。

田舎の特産物も、田舎では幾らでも採れるただ同然のものが、都会に持って行けば宝に変わるなんて話しは良く聴くものです。それは部外者でなければ見えない物があるということです。未体験の人の方が良くわかる世界もあると知らないと、何事も解釈を広げて行くことは出来ないというものです。

 

さて、視座についてです。

1,功労者→ 経験重視→ 実力の有無
2,善悪者→ 噂 重視→想像力の有無
3,気調者→専門性重視→再現力の有無
4,無空者→利便性重視→即応力の有無
5,精神者→貢献性重視→浸透力の有無
6,安定者→必要性重視→補助力の有無
7,熟知者→機能性重視→増幅力の有無
8,発明者→活用性重視→超越力の有無
9,親近者→統一性重視→持続力の有無

と、基本視座はこんな風にあります。

脇に、別の見方における解説補助をつけました。

何を重視にしていて、どんな力の有無に関心が高いかを識別し易いように分類しました。

何かを売り込もうとしたら、こうした部分を抑えて文章を書けばいいってことです。

講師であるまさみちって人は、
霊性という分野は、ほぼ独自性で開拓してきた人であり、その能力の高さ、実力はセッションを受けた人唸るしかないものである。
7年間に渡り高められた霊性は、他を寄せ付けることがなく、突き抜けすぎており比較のしようがない特別のものとなっている。

噂においては善し悪しの別れるところである。
欠点を見つけたがる人は離れ、満点をつけたがる人は残っている。
それは想像力に任せるしかないものである。

専門性は、霊性という見えない分野に卓越した能力が発揮されており、「気」における見えないものを識別し、分類する力は凄まじいと言う他なく、「何故そんなことわかるの?」と当人を前にすればキネシオロジー(阿吽)という筋肉反射反応というもので、それが本当だと識別できる。遠隔による無許可のキネシオロジー(阿吽)反応の精度は、その発想、思念の質問レベルがネガティブである為、正しく計測できないので、キネシオロジー(阿吽)で正解、不正解を問うことは出来ないことを明記する。キネシオロジー(阿吽)を扱う者として知って置いてもらいたいものとして「自身の意識より優れたものは識別出来ない」という法則性がある。よって、霊性を通して、相手を理解し、納得し、解説出来る精神における成熟が必要とされるものである。

利便性、即応力はてきめんに現われることとなる。関われば直接一言一言で心を浄める力を持っている為、ここに文章に書いても信憑性が得られぬところが残念なものである。一人ひとり解説を変えて届けることが出来る為、どうしても伝わらない、何をやっても塞ぎ込むしかない相手に対してでも解決する道をつけて変える力を有している。利用するとその便利さがよくわかる。

自分自身で掴み取りたいという人は、あまり「習いたい」と思わない。そんな人に向けても、適切に「補助」に回ることが出来る為、自分の実力で見出さなければならないものなどは、本人に掴ませる関わりに切り替わって支えている。潜在能力を引き出す手伝いもしており、自身が本来持っていた霊性を取り戻したいと考える方には、都合良すぎる存在と実感出来ること請け合いだ。

カウンセリングや霊性レッスンといったものを通すと、自身の眠っていた力の変化を実感することが出来る。解釈の変容が激しいのだ。「そんな捉え方したことがない」「考えもしなかった」という体験が引き起こされる為、根底から概念を覆されることによって、抑えられていた力が呼び戻されていく。

こうした霊性というものは、活用しなければ意味がない。日常の関わりの変化、夫や妻が優しくなった。子どもたちとコミュニケーションが取れるように変れたなどの報告もある。ただ、事前に伝えておくが、人の心は「これが治るとあれが、あれが治ると、それが」と際限なく求める心が湧き上がるものである。それを一々講師に頼んでいてはキリがない。だから自身で霊性を身につけ、自分のことは自分で出来るようにするのが道である。そうすることで、人頼みで生きて来た人生が自分自身を頼りにすることが出来るようになり、その結果人に頼られるような関わりに変化するのだ。人に頼られる生き方に変われば、事業など起業を考えている人には、この心の在り方が変わらなければ成功はしないものである。自身のこれまでを超越するには、知識だけを揃えて実践すればいいのではなく、心の活用の仕方そのものが変じなければ効果が得られないとするといい。踏み込めば身につくと信じるのも、自身を超越する関わりである。

最後に、統一性や持続性についてだが、講師であるまさみちは、サラリーマン上がりであり、霊的なものは生まれながらない。年収220万程度の収入でやりくりしていたどこにでもいるような普通の人であった。普通の人以下と言ってもいいかも知れない。仕事に身が入らない、責任を取ることが出来ないような逃げ腰の人生だった。貫いている生き方などなく、行き当たりばったりで「生まれてやがて死ぬ為に生きている」くらいにしか考えていない為、人生かけてやり遂げたいことなどもなく、周りが持ち上げる「ワクワクしていこう」などいうのもかけ離れた世界にしか捉えていなかった。どんなポジティブなことも、その場は確かに気運が高まっても、その場から離れれば意気消沈することの繰り返しで身につかない。お金だけなくなっていく。なぜ、そんなマイナスな感覚にしかならないのかと言えば、心がバラバラに壊れていたとわかった。だから治した。その治す道が霊性だったと言うだけのことである。ポジティブであることさえわかれば自分を知る旅は、私には簡単だった。直ぐに過去世を読み取ることも自力で開発した。コツコツやることだけは出来る人だった。飽きっぽい人でも、この自分が自分を救い出すという技術と感性(霊性)に限っては、面白いとしか言いようがなく、飽くなき探究心がきっと湧き上がると思う。自分の人生をひっくり返せるからだ。いかに心が死んでいたか。どこまでも痛めつけられて捨て去られたままであったか。心を治していく過程は、涙しかないようなものだけれども治った後の爽快感はない。自分を取り戻した感覚というものは言葉には言い表わせられないほどの感動がある。だから、感じ取ってもらいたい。人生から逃げ続けている人の方が、向いているかも知れないと補足しておこう。向き合えている人はそのままでいい。向き合えないと投げ出している人の方が、潜在能力が高いことがあるからだ。だから、信じてみて欲しい。きっと力になれるから。共に学べばいい。あなたの夢がここからはじまるから。

と、以上がそれぞれの視座に投げかけていく言葉となります。

何か感じ入るものがあると嬉しいです。

学びに来てください。

視座別解説講座です。

また、興味が持てたら読みに来てください。


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