令和の時代に起きること

ようこそ、ブログを読みに来て頂き、ありがとうございます。
読めば、きっと幸せになれると思います。

夢とことばの相談士 まさみちです。

今日は、平成31年4月30日です。
明日から迎える令和元年5月1日から起きる出来事や、令和の言葉についてお知らせしたいと思います。

私は心理カウンセラーをしています。
ヨーガ哲学を元に、人が持つ心の繋がり(ヨガ)を基軸とした心理メソッドを使っての心理療法を行っています。

時代の変わり目として、記録として残しておきたいと思い、『令和』を紹介致します。


考えや価値感を押し付けるものでもなければ、誘導するものでもありません。
自由意思を尊重するものです。
読む自由も、読まない自由もあります。
批判する自由も、拒絶する自由もあります。
自由に生きてください。


ことばについて

言葉とは何か? それについて簡単に説明しておきます。
言葉は、心を形づけるものであり、気持ちや考えを表わす為に不可欠なものです。
情景や状態といった、現実に何が起きているのか、どう思っているのか、それらを伝えるコミュニケーションツールであり、大切な意思伝達する為のものです。
生きて来た体験や経験をはじめ、読み重ねて来た知恵知識の分量、コミュニケーションを通して身につけて来た戒めや後悔から学習してきた背景によって、意思疎通をより円滑にする為のものです。
また、感動や歓喜すること、面白さや不思議さといった好奇心から導かれる発見体験や気づき体験の有無により、ミスコミュニケーションをもたらすものです。
言葉とは、生きて来た積み重ねによる発見の分量により、伝達能力が変わるもので、未経験者と経験者ではコミュニケーションすることが困難に陥ることもある不思議なもので、意味を知っていても理解出来ないことが起きるものです。
故に、言葉とは、心を無くしていくものでもあり、心を築き挙げていくものであり、心を扱う「わたし」そのものが、「私」自身を知るためのツールのようなものであり、「あなた」を知る手がかりを与えてくれるものです。
言葉は、人との繋がりそのものを表わし、人と人とが心と心を結び合わせているもののことであります。


概念について

大まかなこと、あらましを表わした意思であり、だいたいの気持ちのことを示します。
多くの人たちは、「そのように(概念とした解釈を持つこと)」思うもので、言葉を知る指標するものの、絶対な意味ではないことを表わします。
辞書から届けられる意味、解釈を信じるもののことで、体験はなく「知っているような気がする」ものだけで作り上げられた思いのことです。
集団と関わるには必要なもので、個人と関わるには邪魔なものとなり、その人だけが持つ体験や気づきを無視するものとなり、コミュニケーション障害を引き起こすもののことです。
よって概念とは、参考にしなければならないものの、絶対視してはならないもののことで、最後まで話を聴くことで誤解することを避けることが出来るかも知れないものです。
また、概念とは、体験や気づきを言葉に変換したことのない場合、意味が明確化されず、混乱を招き、悩み苦しみ、解決への糸口に繋がらないもののことをいい、当てにならないものの例えです。つまり、見せかけのことです。


『令和』の解釈について(ネガティブバージョン)

「命令」の「令」の字は、権力者や征服者を連想させるもので、「命を捨てて、我に尽くせ」といった不愉快さを連想させるものです。
これは同時に「戦争」を意識させることとなり、多大な犠牲や苦痛をもたらした元凶となるものに感じるものです。
「信じたばかりに」といった、上に立つ者は、下に従うものの善良なる気持ちを踏みにじり、労いもなく、虐げただけで救いもない現状を許せない気持ちで染まり上がるものです。
「戦争」という誰もが「起してはならないもの」と認識できる今の時代において、「令」がもたらす不愉快さや、納得出来ない気持ちがわだかまることを知らせるものです。
よって、『和』をもたらす為なら、「何があってもやり通せ」「命を捨てて尽くしなさい」「歯向かうことは許さない」「尊きものの為なら、個人の幸せなど取るに足らないものだから、喜んで家族と離れ、大義に殉じなさい(死になさい)」と言われているとしか認識出来ないものです。
この誰もが理解出来るこの言葉から届けられるニュアンスを体全体で感じ取りながら、ポジティブに解釈している人たちを見ると、「おめでたい奴ら」としか感じられず、「狂っている」「世も終わりだ」「自殺行為だ」「また戦争がはじまる」といった気持ちが高まるものです。
この時代は、危機的な状態に陥るであろうと予測し、不測の事態に備えて、横暴な権力者や、既に洗脳されている者たちの暴走を止めようと、軍事力に似た「拒絶力」を行使し、権威主義社会からの脱却を狙うものです。
「一人ひとりの意識が大事」と呼びかけ、否定する力で、物事を押し切ろうと立ち上がる決心を抱かせるものです。
笑っている者たちを見ると、嘲笑しているとしか感じられず、汚染された概念によって戦争国家へと逆戻りしていくような感覚に囚われ、異を唱えたい者たちで団結することで二極化し、争わない争いの姿勢を貫くものです。
独自解釈により、同じ価値観を持つ者で手を取り合うこととして一つにまとまろうとする働きがあります。
自分たちは正しく、他は他でやっていいが、みんなを巻き込むなら許さないと正義感に溢れて団結する意識が一つにまとまる力をもたらすものとなるものです。
上手く行く時代を拒む者たちは、自分一人の力でなんとかすると相容れないことを示すものです。
令和とは、言うことを聴かない者たちで国としてまとまろうとすることです。


『令和』の解釈について(ポジティブバージョン)

みんなが一人の大切さを知り、一人がみんなを大切に思うことで、互いが最良な答えを相手に届けようと声を掛け合うもののことです。
「命令」の「令」の字は、「いいつける」など、相手を尊敬する時に使うもので、不当に「虐げ」「貶め」「脅し」「奪う」為のものではありません。
命令によって、「上手く行かない体験」「満たされない結果」「聴いていた結末と違う結末」「予想外に悪化し続けること」等の体験をすると、二度と命令した者の言うことを聴きたくなくなるものですが、この場合、自身が命令しても、他の信頼出来る誰かが命令しても、同じ顛末を見ることになると分かっていることであり、他の誰が何をしても、「どうすることも出来なかった」と受け入れることが前提にあることです。
第二次世界大戦の結果を知る者は、「戦争は悪いこと」と考えられますし、「日清、日露戦争で勝って増長した」とも思うことは出来る為、反戦できます。
しかし、当時に立つ人からは、「戦争によって日本国は統一されている」といった解釈も持ち合わせているため、100%悪いという概念に染まらないものです。
ここで、経験を受け入れる側と、受け入れない側と分離していきます。
両方を踏まえた時、過去というものは否定しても何も生み出さないものと気づけた時、成長が得られます。
戦争経験を受け入れない側は、ネガティブな解釈となり、個々の価値基準で戦い続けます(否定や拒絶の力を信じ、表向き笑い、裏の心で信用しないとするのです)。
経験したから「二度と同じ過ちは繰り返さない」とし、命令に準じることの危険性を肝に銘じ、国民全体で一つだった日本を、個人個人の責任まで責任を分担し直しました。そしてその個人の責任を持った上で国民全体で一つの意思としてまとまり直すことを望む時代にしていこうと呼びかけるものです。
辛い体験を個人で味わい、国全体で思い知り、友人を無くした虚しさや、国を守ろうとした結末に対して嘆き続けることしか出来なかった今、立ち直ると決めた「はじまり」です。
「嫌な命令は聞かない」ものです。
「素晴らしい命令は聞いてしまう」ものです。
個人で判断出来るだけ、国民全体が健全な認識を育て上げられたと認め合うことです。
『人の痛みを知る者は、優しくなれるものです』
『世界の痛みを知る日本は、世界一優しくなれた国です』
『誰に対しても優しく出来る日本国民なら、世界中の泣いている国々やその人々の痛みを和らげ、慈しみ、喜ばせ、共に生きようと手を差し伸べることです』
『悪いことを真似ること(植民地化など)は許さないと、日本は欧米のやっていることを真似て見せようとしたことで、欧米に知らしめることが出来、世界中の植民地を解放するに至らせ、世界を健全へと導き、今は経済大国として援助して自立を促しています』
悪い命令を辞めさせるには、真似された時、それがどれだけ醜く酷いものだとわかるものです。
子が親の悪い姿を辞めさせるには、子が親の裏側の心理を表に出して悪態することです。親はそれを徹底的に潰しにかかります。親が自分の姿だと気づけた時、和解が生まれますが、それは親が自分の裏側の心理が悪いことを引き起こしていると気づけた時です。それには、親を愛する子が、親の悪い姿を映し出し、親が気づくまで悪さをし続けて、「この姿はお父さん、お母さんと同じ真似っ子だよ」と、訴えて、両親から変わってみせるか、「子、自ら親真似を辞める」と決めて動き出した時、和解への道がはじまるものです。
つまり、欧米諸国の植民地化や経済制裁など賢き者たちが、発展途上国など経済的弱者となる貧しき者たちから搾取するようなメカニズムを、各国で真似合ったら大変なことになるよ。と日本は知らせようとしたのです。
それを知らせるには、日本国が真似てみせることだったのです。
欧米各国は、それを弾劾し、孤立化させ、植民地化は辞めろと自分は棚上げに言い(大人だからいいのと同じ理論)、納得出来なくても従え、と悪い命令ばかりを突きつけたので、日本国は壊れてしまったのです。
そして戦争体験を経て、欧米各国がやっていること(植民地化)を良いことに、自分たちも真似てもいい理論はないと知るのです(大人たちがしているから、子どもだって真似するよとはしないと決めることです)。
良い命令は、「みんなにとっても喜ばしいこととなる」ものですし、「あなたにとっても希望溢れるものになる」ものですし、「わたし自身にとっても健やかなる成長に欠かせない道のりとなる」ものだとわかることです。そして「誰かの為の手本となるものであり、例え損に見え、苦痛に感じるように思えても、結果が達成した笑顔に包まれているなら、誤解は解けると信じやり抜くこととなる」ものなのです。
悪い命令と良い命令の違いを明確化し、論理的な誤解を紐解き、気持ちばかりに従わず、知識だけに奢らず、失敗を許し、挑戦を奨励し、間違えたら共に泣くことで痛みを分かち合い、悩み抜き、それでも最良なことを求め応え続けていくことです。
『和』となる意味は、「苦しみ」も、「痛み」も、「辛さ」も、「許せなさ」も抱きしめ、共に悲しみ、共に嘆き、共に腐り、共に罰を受け続けることも含まれるのです。
和やかでいられるには、それまでの道のりを否定することなく受け入れ、間違いがあれば正し、工夫を懲らし、改善を続け、より良くしていくことです。
「嫌だ」「間違っている」「従わない」「許さない」と、和合することを拒む者たちは、哀しみに閉じ込められて出口のない心の迷宮にいるのです。
愛されていないと、思いついた自分が自身を暗闇に閉じ込めていることに気づき、愛されているに違いないと、迷宮に彷徨う自身を見つけて助け出した時、和は成立するものです。
それは、わたし自身でもあれば、あなたのことでもあり、みんなのことです。そして誰かの為に、手本となって先んじて「信じない」ことから、「信じてみる」ことです。
また、「酷い目に遭うかも知れない」「困難に陥るだけになる」「生きる気力全てが削がれる」「苦しみが続くなんて我慢出来ない」と、嘆き続けようとする思いがあっても、それを無条件に辞めることで、「あなたを信じます」「みんなに理解される私でいます」「わたしはもう人生から逃げない」「誰も見ていなくても笑っていよう」と変えることが出来るのが『和』です。
この国が好きだから、この国に生まれたから、この国からはじまったから、この国にしか出来ないことだから、みんながあなたに、あなたがわたしに、わたしが誰かに、誰かがみんなに呼びかけることで、一つにまとまる時代になるのです。
一人ひとりが全ての人を思いやり、届かない言葉から、届く言葉に変えていくことで、繋がり合いを取り戻すのです。
令和とは、慈しみ(人の痛みを知り優しさで助ける心のこと)を通して笑わせ、楽しみ、満たし、許して次に導き、大いなる喜びで一つにまとまることになることです。それは、大和(やまと)という、全ての国民が安らかに、穏やかに、微笑みを絶やさず、清らかに過ごせることを願われたあの頃に還ろうと、結びの命令が出されたものなのです。今だから出来る和合があります。
あなたの時代です。


令和について書かせていただきました。
これは個人意見に過ぎません。
私の解釈です。
日本は言論の自由がある素晴らしい国です。
信じる、信じないことも個人の自由です。

けれども、人に届かない言葉や、否定されてしまう言葉や、見向きもされない言葉や、わかり合えなくなる言葉を使うのは忍びないものです。

ことばのカウンセラーと名乗っていることもあり、言葉を大切にして欲しいと願うものです。

あなたが持つ言葉の意味が、そのものが人生を形作り、心を作り、人間関係を作り、世界を創っています。

言葉を知れば、世界が変わります。

生きた言葉を持ってください。

日本という大和文化が根付く素晴らしい国です。
そしてどの国も素晴らしいものです。

ただ、知らないだけです。
自身を知ってください。
相手を知ろうとしてください。
正しいことを求めず、笑えることを求めてください。
病んだ心では、病んだ世界が見えます。
笑う心では、笑う世界が見えます。
嗤(わら)う心に染まれば、嗤(わら)われる世界が見えます。
怖い世界が見えてしまいます。

心について勉強してみてください。
言葉について学んでみてください。
人について知ってみてください。
わたしについて考え、感じ、信じてみてください。

慶応の時代は、嫌い合うことを辞めようとする時代です。
明治の時代は、信じ合うことで何でも成し遂げられるとする時代です。
大正の時代は、諦めることからはじめることを学ぶ時代です。
昭和の時代は、やり尽くさなければ見えないことがあると知る時代です。
平成の時代は、思うままに自身を信じて貫いてみる時代です。
令和の時代は、苦しみを消し去り嫌い合うことを辞める時代です。

つまり、慶応(幕末)時代に投げかけられた「嫌い合わないように」というメッセージを、令和の時代で結ぶことです。

世界中の人が望む、「笑い合えますように」と願われた思いが、結ぶ時代となることです。

問題は山積していますし、一筋縄には行かないものばかりです。
それでも、より良くしていこうという思いは全ての人の中に流れる思いやりです。
その思いやりが一つにまとまれば、素晴らしい力がもたらされ、奇跡の時代と出来るのです。

私は個人的にそれを信じています。

みなさんも、良ければ賛同していただけると嬉しく思います。

シェアしていただけると、同じ思いの者たちとして繋がりがはじまります。

 

今は良い時代です。

みんなで幸せになりましょう。

 

夢とことばの相談士 まさみち からお届けしました。