楽しく生きよう!

こんにちは。
まさみちです。>>>PROFILE

フルリーディングの心理カウンセリングをしています。

楽しく過ごしておいでかと思います。

毎日、「何して遊ぼうか?」と、楽しみが多すぎて、悩んでしまっているかと思います。

あれしようか?

これにしようか?

どれにしようか?

悩んじゃう。

と、分離している心は、全員が味方で、仲良しで、話し相手になってくれて一人遊びも大好きだった。

みんながいるなら、みんなと遊び。

一人なら、ひとりで遊び。

いつも、どんな時もHappyです。

ウキウキしているものです。

 

Happyな風が吹いている時は、春の陽射しのように温かくて、何をしていなくても楽しい気分になるものです。

自由にしていて、少しの不自由さが考える力を育んでくれたりして、どんな状態であっても、小さな冒険がそこにはいつもあるものです。

厳しくされても、冷たい態度に出られても、それはどこか自分がいけないことをした結果であり、向こう見ずな行いを正してくれる親切な関わりだとわかるものです。

「ありがとう」といつも言いたくなるような、関わり方が答えだと知っているのだから、相手も必ずそのような立ち振る舞いをしているに違いないと思いやることで、不快に感じることさえ、喜びに置き換えて自らの成長にするものです。

 

しんどくなるまま継続するのもおかしなはずです。

寝ても疲れが取れないのは変なことです。

不愉快なまま継続した感覚が続くのは、不自然なことです。

好きなことが出来なくなっているなら、異常です。

 

常識をぶっ壊せ!

成功哲学を学べ!

好きなことだけやればいい!

自分を喜ばせているか?

 

色々と情報がたくさんあり、どれも素晴らしくて、自由で、好きなことを応援してくれる人たちに囲まれています。

やり方も優しく、方法論を懇切丁寧に教えてくれて、どの人に頼れば生き方を示してくれるのか迷ってしまいます。

力ある人に頼りたいし、もう間違いなどしたくないし、この人なら何とかしてくれそうと思うし、「でも、だって」という言い訳も出て来るから混乱してしまいます。

もう冷たくなる思いはしたくないし、厳しい言葉もほしくないし、指図されたくないし、良い思いだけさせてくれた上での成功人生に変えてほしいって思うのはいけないことではなく、誰もが感じていることです。

 

みんなの真似をしていたら安心できます。

気持ち良くしてくれる人に従えば安堵できます。

笑わせてくれる人なら甘えさせてくれるので安息できます。

不安や苦痛や拒絶や孤独を和らげてくれて、隠してくれることを望むのは人ならば当然のことであり、「そもそもそんなものは存在しないよ」という新しい知恵を授ける人よりも、みんなと同じことを言う人や、自分の知恵知識で判断出来る内容で話しかけてくれる人や、間違った解釈をわかりやすく解説してくれる人だけでよく、そうした人たちと繋がっていれば安定していけます。

 

心の傷には、触れない方が優しさだと感じられます。

誤った解釈には、言い聞かせの絆創膏を貼っておくといいと教わります。

成功しない現実には、仕組みの問題だから学べばいいと教材を買いたくなる気持ちに誘導されます。

人の持つ苦しみは、「楽になる方法」という飴を用意して配り、そんな人たちの中でも信頼関係を築いた人に「とっておきの方法」として高額商品を持ちかけ、手にすれば成功出来るという暗示を自身でかけて、頑張り抜こうとするものです。

 

みんなから責められない方法なら、法的に許されます。

欲しいという人に、欲しいものを与えることは、良いことです。

親身になってくれた人を信頼し、互いが喜び合えているなら問題ないものです。

自分への言い聞かせが消え去ると、「安心」も「安堵」も「安息」も「安定」なくなり、いつもの自分に戻るものの、非の打ち所がない関わり方で、接して来られた以上、誰にも文句が言えず、自己責任という現実に何も言えなくなります。

 

また、やってしまった。

どうして、こんな風になるのだろう。

一生懸命しているのに。

もう嫌だ。

 

外に出れば、笑っている自分が居る。

仲間と会えば、平気にしている自分が居る。

家族と関わる時は、努めて元気にしている自分が居る。

誰にも見せられない自分がいても、自分にも見せたくないから隠し通して消している。

 

変わらない自分が居る。

変えられない自分が居る。

変わりようがない自分が居る。

「これが私です」と変えないと決めている自分が居る。

 

それ、本当にあなたの生き方だろうか?

それ、やりたくてそのように振る舞っている生き方だろうか?

それ、誰かに無意識の内に、気遣っていることはないだろうか?

それでいいよ、と言えていない自分の体の声は聞こえているだろうか?

 

まさみちは、認定ヨーガ講師でもあります。

ヨーガは「繋ぐ」という意味があります。

まず必要な「繋がり」を持つのは、「心」と「体」を繋ぐことです。

心の声と同様に体の声もあります。

耳を傾けてください。

体も、心にたくさんのアドバイス、メッセージを届けています。

心が体を支え、体が心を支えている相互補助とした関係性です。

これが偏ると、思考も偏り、感情も傾き、認識も弱くなり、空元気で誤魔化しながら毎日をやりくりする必要が出て来ます。

 

一度、休んでみませんか?

体の声を代弁してもらいませんか?

体の疲れを、体からの解説で聞いてみませんか?

体から教わることで、心のモヤモヤが消えるかも知れません。

 

言葉にならない体の声があります。

言葉に出来ない心の声があります。

言葉を合わせられない体と心の声があります。

心の想いや、体の痛みを言葉にしてみると、苦悩や苦痛が消え去ります。

 

それがリーディングです。

言うことも出来ないモヤモヤした想いを言葉にします。

どうすることも出来ないモヤモヤした体感を言葉にします。

自覚できない現実と心と体の繋がりを言葉にして表わします。

バラバラになった「心」と「体」と「経験」と「体験」とを繋ぎ合わせて、「一つの姿」にすることで、わかってあげられる言葉を届けます。

 

まさみちの心理カウンセリングは、心の欠片たち、体に隠された記憶を繋ぎ合わせて、心身を治していきます。

 

毎日、「何して遊ぼうか?」と、楽しみが多すぎて、悩んでしまっている方には、無用なものかも知れませんが、「心に響く何か」「体のどこかが反応する何か」があれば、「心からのサインかも知れない」「体からのメッセージかも知れない」と今を生きるあなたにギフトが届いているかも知れません。

 

リーディングは、言い換えると「閃き」です。

リーディングは、わかりやすく言うと「アイデア」です。

リーディングは、例えるなら「腑に落とす知力」です。

リーディングは、あなたとわかり合える為の「繋ぐ思いやり」です。

 

リーディング力は、素直になれば道がわかります。

リーディング力は、言い訳を消し去れば見えるようになります。

リーディング力は、周りからの情報をゼロまで無くせれば答えられるようになります。

リーディング力は、「信じられるか?」と確認するよりも、「言葉じゃない何か」と心と体が繋がり、自然の力を借り受けて生きるとするとわかるようになり、それを他人は『導き』と表現するものです。

 

自分が導かれているとは感じにくいものです。

「導かれる」のではなく、自身が自分を「導く」ことなので、当人の心は「疑心暗鬼」であり、体は「疲労困憊」である為、動けなくなるものです。

不安や不快や不平や不満があると、「導き」かどうかなどわからなくなるものです。安心や安堵や安息や安定があると、「導き」そのものを必要と感じなくなるものです。

「動けるようになったら」「その気になったら」「わかるようになったら」「みんながいいと言うようになったら」と、「導き」とは思わない理由がある限り、踏み出さないものです。

知らない人に勧められても、家族や親戚に勧められても、知り合いから勧められても、その人たちとの心の繋がりが途切れている以上、「導き」と感じないものなのです。

 

自分に嘘を付かないことです。

自分の物語を作ろうとして動き出してみることです。

自分の力(経験力、知識力、改善力、献身力)と相手の力(体験量、知恵量、改革量、奉仕量)と比較してみようと思い浮かべてみることです。

自分の声の中でも、「無条件」とした様々な理由を消し去ってでも、それでも「純粋にしたい」と行動に移せるものかどうかを熟考してみることです。

 

必要なことがわかるようになり、動き出せるようになると思います。

楽っしい〜!

では、また〜。