誰にもわかってもらえない辛さに……答えを

こんにちは。
まさみちです。>>>PROFILE
切っ掛けを持ちたい方>>>>楽しく生きよう!

自分の問題は、自分で答えを見つけるしかない。
そんな切ない「教え」に対して、反発心で心理カウンセラーになりました。
今日は、カウンセラーになったいきさつについてお話しします。

現実というものは、とても厳しいものです。

社会に放り出されて、自分で勤め、稼ぎ出して行かなければならないようになると、様々なことに我慢や忍耐を強いられていくものとなります。

我慢強くない私でも、会社には従うことなどは苦もなく出来ましたけど、利益の為に、自発的に何かを動かしていくことは苦手でした。

やる気の問題など、働く姿勢や意識についても学んだりはしたものの、持って生まれた気質や性格など、どうすることも出来ないものです。ただ、いたずらに時間ばかりが過ぎていた時がありました。

悩み苦しみ、道を探してばかりいました。

運良く、職場のリーダーに抜擢された所から、人生は少し動くものの、社長と反りが合わず対立ばかりしていましたことを思い出します。

 

心の中では、社長に対して、批判するつもりもないものの、価値観の相違について親などに意見を求めたところ、相手からは私が「批判的で人を見下している」と感じられていたようで、「何を言っても聴かない態度だった」と、想像もしていない解答が後からもらえたことを覚えています。

振り返れば、確かに、批判的でしたし、聴く姿勢のない態度として受け取られても仕方がないものだとわかります。それでも、その当時は、真剣に耳を傾ける気持ちで相談しており、尊敬するところは尊敬するところ、解釈の過ちは改めれば済むことなど、分けて考えられていると思っていたのですが、それが家族には届かないものだとは思いませんでした。

 

後に、リーディングする術を身につけて、独立する方向へと動き出すのですが、独立してから数ヶ月して、家族からの指摘で、「カウンセラーは趣味でお金を取らずやりなさい」といった主旨の提案を受けるようになりました。

どうやら、心の問題に、私のような性格の持ち主が、相談役としてお金をいただいて、親身になって解決へと促していくことが想像出来なかったのだと思います。

 

心は、最終的には自分で決断するしかない。

 

そのように解釈されています。

他人が人生について「選択を代わりにすること」や、「言った通りにしなさい」などということは、命令になりますし、誘導することになりますから、悪いことだとして認識されているものです。

服選びや、スポーツトレーニングなども、提案はするけれど、最後には自分で決断し、「それにします」、「お願いします」と意思表明する必要があるので、「これにしなさい」、「この通りにやれ」と、拒否権は存在しないといった態度で接することを禁じています。

もちろんのことです。

他人が他人の人生の決断を下していいなどということなどは、ありません。
やってはならないことです。

 

よって、カウンセラーも本人の自由意思を示せることで誘導し、承諾させ、決断していくように命じないよう、支配しないようにしていくものです。

 

しかし、私は、心底困り果てて、家族に相談しても「それがわからんのか?」「なんでわからないのか?」「考えればわかることだろう?」「なぜ、今までそれを思いつかないのか?」「疑問に思わない方がおかしい」「一人で考えられもしないのに、人のことなど関われる筈がない」などとしたニュアンスで迫られ、返答に困りました。

私は、かつてこの手の論調で迫られることが大の苦手でした。

わからないから、聴いていても、「考えろ」、「自分で答えを見つけなければ意味がない」とした接し方に、常々疑問を持っていたのです。

 

映画や漫画などから教わる情報というとても陳腐な事例しか出せないものですが、「一人で考えろ」と仙人みたいな人や、師匠に課題を出されても、何かのヒントは、主人公の恋人や、通りすがりの親子のやり取りをヒントにするなど、必ず他人が関与して、閃いている事例しか知らないのです。

つまり、どんな事例を参考にしても、主人公が一人で考え、閃くときは、人との関わりばかりなのです。だから、結局、仙人や師匠以外の人に教わるだけで、一人では考えついていないというのが、私の持論だったのです。

 

だから、目の前にいる人に「教えて」と頼めば、「答えはこれだよ」と教わることが出来るものだと信じていました。でも、その願いは叶わず、「教えて」「一人で考えろ」、「わからない」「わからないわけないでしょう」、といったやり取りが繰り返されるばかりでした。

家族は、助けようとしてくれているし、アドバイスをしてくれているのもわかるけれど、「教えて」と頼んでも「わからないはずないでしょう?」と切り換えされるばかりでは、話は平行線だし、理解は出来ないし、苦しいばかりで動けないし、言う通りに動くとか、指示通りにしたら許してもらえるならまだしも、指摘されてから、動くと、今度はそれはそれで嫌がらせをしたかのように非難されるのですから、困り果てました。

 

味方である家族の言うことを聴きたいと動くけれど、いつも後出しじゃんけんのように、指摘されてから動くことになるので、指摘した側が、嫌がらせしたとか、無理強いさせたかのように受け取られ、ブチ切れられる感じとなるのです。

家族が伝えようとしていることがわからないし、私が伝えたいことが伝わらないのです。

 

リーディングする術を身につけるようになると、自分のように家族とコミュニケーションが成立しない親子は少なからずいるのではないかと思うようになり、自分と同じ立場の人向けに情報を発信するようになりました。

私のブログは、マイナス発想に陥って苦しんでいる人向けでした。

商売の鉄則である明るく、感覚的にポジティブを連想出来る、この人楽しそうって感じさせるものが皆無でした。

 

それでも、少数でもよいので、関わりを持ってくれる人がいてくれるなら充分だと思っていました。けれども、そんなマイノリティー向けの情報発信は、家族だけには理解されませんでした。

少数の他人には、感銘を与え、共感や尊敬されることが、身内には即刻辞めろとしか言わない理屈は、意味がわからず困り果てました。

 

非難(難関でありつつも善意のアドバイスを)する家族が、私の生活保障してくれる筈もない為、聞き入れようと努力することは辞めずに、我が道を貫く決心をしました。

何しろ、私の人生の破綻や、挫折は、「みんなの真似して生きて来た」ことが原因だと気づいたので、「みんなが持っている常識に従わない」ことで、新たな人生がはじまったのです。

 

わかってもらえない辛さ……を諦め、わかってあげられる幸せに切り換えてみたのです。

簡単に言い直すとするなら、「全部望み通りだ」と結論づけた視点から物事を考えるように変えてみたのです。

辛いことも、苦しいことも、自分の願い通りであるし、希望そのものだと決定づけた解釈にしたのです。

こうするだけで、人のせいにして思い悩んでいた物事が消えてなくなりました。

わかってもらえない辛さは、「わかっている幸せ」となり、「本当の私なら、この現実の意味を知っている筈」だと、決めつけて、物事や現実を肯定して説明するようになったのです。

 

苦しみの果てに、自分が自分に問いかけてみたのです。

Q,思い通りにならない現実を自分が望んでいるとするなら、何が目的?

A,「愛」が何であるかを見つけ出す為に、体験している。

そんな答えが自分の中から湧き上がりました。

 

『「愛」・な・ん・て』、と、敢えて強調して吐き捨てたいくらい、「愛」などという形容することが出来ないデタラメな言葉を思いついたとき、何かが解け去ったのを覚えています。

説明できない「愛」という言葉は、突き詰めていくほど「なんでも愛」とした愛に辿り着く為、明確な解説が持てないようになっていました。
故に、証拠こそが愛の形として、「言った言葉より、現実化した証拠」を大事にして生きていたため、「形より気持ち」を大事にしたい人には、ただただ不快にさせる関わりしか持てなかったけれど、『A,「愛」が何であるかを見つけ出す為に、体験している。』とした答えを得て、「突き止めていこう」と、心理カウンセラーへの道が拓けました。

 

私の心理学はヨーガ哲学が基礎です。

これも突き詰めていくと、リーディングへの道とわかり、様々な言葉のニュアンスと同じものを捉える感覚的一致を目指しました。

 

尊敬出来る人には、会いに行き、学びました。

コツ勘を掴めるように、努力しました。

常に、自分が100%間違った価値感を持っているに違いないと、自分の正当性は主張せず、相手も100%正しい! と断定する見方と、100%間違っていると断定する見方を持ち合わせ、自身も傲慢さにもなって100%正しいと信じて見るなどして、解釈を極端に偏らせて自問自答して行きました。

○○だろう。

△△かも知れない。

□□だったらどうなっただろうか。

××の筈がない。

とした思いつき、不透明な可能性など、曖昧さを排除していき、諦めや、棲み分けとした、「そっちはそっち、こっちはこっち」とした隔たることを前提とした考え方は、ネガティブな発想だとして戒めるようにして来ました。

「自分で考えろ」

とした突き放される辛さを自身に与えたくないので、割り切る考え方をしないようにして貫いてきました。

「自分で考えない」

言い直すなら、

「自分では考えられない」

「自分では考えつかない」

「自分の発想じゃない」

としたところに持って行ければいいのだと今ならわかるようになりました。

 

「愛」を体験することというのは、「愛」を失い、「愛」を見つけ、「愛」はあるも、ないもないとわかることだと体感覚でわかることだと、話せるようになりました。これはカウンセラーはじめた当初から持っていた持論ですが、昔と今では伝えるレベルが違います。

 

わかってもらえない切ない感覚から、「自分で考えなさい」という思いやりある優しい自立心を育む言葉に反感を抱いて、心理カウンセラーになっています。

一生懸命、私なりに言う通りにしてきた結果、散々な人生に追いやられていた現実を認めたら、一人じゃない“ひとり”で歩き始めていました。

そしてリーディングする力を身につけ、言葉にならない雰囲気を読み解き、その人が盲点として見落としている物事を愛ある言葉でフォローして気づかせてあげられるようになりました。

リーディングは、どれもこれも、相談する人の雰囲気に書いてあることを低いレベルで読み解くか、高いレベルで読み解くかの違いがあるだけです。

思考する、意識する、リーディングする、心の使い方には三種類あり、この三つが揃わないと、ミスコミュニケーションしてしまうものだとわかるようになったので、欠けているリーディング能力を伝えようとしているのです。

本人以外の他人にだけわかる言葉で解説するのか、本人だけにわかる言葉で解説するのか、本人もみんなも、敵対する人さえも誤解が解けてしまう言葉で解説するのかの違いです。

 

令和の時代は、わかり合っている仲で、不毛な対立をしてしまう愚かしさ溢れ出し、衝突しか出来なくなる流れがあります。折れるに折れられない互いの事情があるものです。国同士もあれば、会社同士もあり、家族同士から、個人同士の対立も、わかっていながら辞められない問題があります。

 

「自分で考えない」

「自分では考えられない」

「自分では考えつかない」

「自分の発想じゃない」

 

そうしたものを思考し、意識し、リーディングする力として身につけている人が、今こそ必要なのです。

見ていて不毛だとわかる対立を、止める力がないのは自分の至らなさ未熟さだと気づき、自身の身につけて来た価値感や経験が、仲裁などに役に立たないものだという自覚を持つこと出来なければならないとは思いませんか?

私は小っさいプライドがありますし、愚かな人でいたいとも思いませんし、情けないまま放置したいと思いませんでした。わたしは純粋な思いの正義感に燃えてみようと思いついて、それに付き従うと決めたのです。

頭を下げられないのは、悔しいから、謝ってやると決めましたし、意地を張る頑固者だと言われたくないから、考えなど幾らでも変えてみせて物わかりの良い人になってやると執着を棄てて負けていこうと思いました。必ず未来は素晴らしいものになり、「愛」がわかるようになると信じたのです。

 

わかってもらえない辛さの答えは、わかってくれていたわかる(信じる、素直になる、泣く、吐露する)ことからはじめると辛くなくなります。

どうしても解説しようとすると、言葉が難しくなり、一言や一文では説明も出来ません。

文字では学ぶことに限界を感じてしまいます。

直接、対面などで言葉のやり取りをしなければ通じないものがあるのです。

解釈の限界でもあります。

 

辛い気持ちの中、私は、もう一人の物言わぬわたしの存在に救われました。

私はわたしに依存しました。

私はわたしに委ねました。

私はわたしだとわかり合えたとき、一人では考えられないものだと気づきました。

 

心と体の対話を持ってください。
(心と心ではありません)

コツ勘教えます。

リーディングする力を与えます。

 

一人で答えを出そうとしないでください。

いつでも隣にいるのです。

私がカウンセラーになれたのは、隣にいるあなたの存在に気づけたからです。一人ではないと気づく為にも、関わりを持ってみてください。

 

では、また〜。